NEWS
FACEBOOK

Vaganova Ballet Academy “The Nutcracker”

2016年1月“ワガノワのくるみ”がやってくる!!

世界最高峰の“ワガノワ・バレエ・アカデミー”が誇る伝統ある作品
ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミーの『くるみ割り人形』全三幕 エピローグ付
待望の“ワガノワのくるみ”が日本にやってきます!

ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミー日本公演2016は
全日程無事に終了いたしました。
沢山のご来場を賜り、誠にありがとうございました。

ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミー日本公演『くるみ割り人形』

東京公演詳細情報!!

1月22日(金)19:00開演
1月23日(土)14:00開演

会場 : Bunkamura オーチャードホール

終了いたしました!

指揮:ワレリー・オフシャニコフ
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

S:13,000円 A:10,000円 B:7,000円 C:5,000円
(全席指定・税込)

<予約・お問い合わせ>
チケットスペース:03-3234-9999
チケットスペースオンライン

<プレイガイド>
チケットぴあ 0570-02-9999
(Pコード:445-263)
ローソンチケット 0570-084-003
(Lコード:35279)
 0570-000-407(オペレーター)
イープラス
・Bunkamuraチケットセンター
 03-3477-9999(10:00-17:30)
オンラインチケット MY Bunkamura
・東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650

横浜公演詳細情報!!

1月16日(土)14:00開演

会場 : 神奈川県民ホール

終了いたしました!

S:10,000円 A:8,000円 B:6,000円 C:4,000円
(全席指定・税込)

<ご予約・お問い合わせ>
神奈川芸術協会:045-453-5080

<プレイガイド>
チケットかながわ 0570-015-415
チケットぴあ 0570-02-9999
(Pコード:445-258)
ローソンチケット 0570-000-407
(Lコード:35146)
イープラス
楽天チケット

名古屋公演詳細情報!!

1月28日(木)19:00開演

会場 : 愛知県芸術劇場 大ホール

終了いたしました!

S:10,000円 A:8,000円 B:6,000円 C:4,000円
(全席指定・税込)

<お問い合わせ>
中京テレビ事業:052-957-3333
(平日10:00〜17:00 / 土・日・祝休業)

<プレイガイド>
チケットぴあ 0570-02-9999
(Pコード:445-432)
ローソンチケット 0570-084-004
(Lコード:48680)
・愛知芸術文化センターPG 052-972-0430
・名鉄ホールチケットセンター 052-561-7755
・栄プレチケ92 : 052-953-0777
・名古屋市文化振興事業団チケットガイド
 052-249-9387
e+(イープラス)

1892年初演の伝統を受け継ぐ“ワガノワのくるみ”とは
About “The Nutcracker”
1892年初演の伝統を受け継ぐワガノワのくるみとは
初演、そして引き継がれた歴史本家
「本家本元」「ワガノワの十八番」
世界中で愛され、大人も子どもも楽しめ、最も有名なバレエ作品のひとつ「くるみ割り人形」。この「くるみ割り人形」が生まれたのはロシアです。
帝政ロシア時代の1892年、世界が誇るマリインスキー劇場で帝室バレエ団(現マリインスキー劇場バレエ)と帝室バレエ学校(現ワガノワ・バレエ・アカデミー)によって初演され、その後120年以上に渡り「ロシア冬の芸術祭」のメイン・イベントとして上演され、世界中から多くの観客を集めています。
近年は「ワガノワ・バレエ・アカデミー」のメンバーのみによって上演されることも多く、「くるみ割り人形」にとって同アカデミーは欠かせない存在となっています。
クラシック・バレエ確立の立役者
三大バレエの作曲者チャイコフスキーによる音楽
世界三大バレエ「白鳥の湖」「眠れる森の美女」そして「くるみ割り人形」の音楽は、日本でも愛されているロシアの作曲家チャイコフスキーによるものです。
ロシアにおいてクラシック・バレエを確立する上で欠かせない作曲家チャイコフスキーは、心からバレエを理解し、愛していました。このマリインスキー劇場での「くるみ割り人形」の初演には、もちろんチャイコフスキー自身も立会いました。誰でも一度はその音楽を耳にしたことがあるメロディー、その美しい音楽は当時から人々を魅了し続けています。
瑞々しい世代が“子どもから大人へのときめき”を表現、豪華で楽しいワイノーネン版
現在ワガノワ・バレエ・アカデミーが上演する「くるみ割り人形」は、ワシリー・ワイノーネンが振付けたエピローグ付きの三幕物です。このワイノーネン版は、世界で上演されている様々な演出の原点ともいえる作品です。
この版では、マーシャ(クララ)の現実と夢の世界を明確に分け、夢の世界となる二幕からは幻想性を強めた演出となっています。ドロッセルマイヤーの魔法でどんどん大きくなるクリスマス・ツリーや白い冬の森に雪の精が舞う印象的な場面、そして花のワルツなど、楽しい舞台創りがされています。
この作品の見せどころは少女マーシャとくるみ割り人形が、プリンセス・マーシャと王子にかわるシーン。子どもから大人の世界に足を踏み入れるマーシャの心のときめきです。
「ワガノワ・バレエ・アカデミー」という舞踊学校が演じるこの作品は、入学して間もない少女(子ども)とこれからスターとして花開く直前の少女(大人)が演じることで、さらに魅力的になっています。

そして、チャイコフスキーの音楽の素晴らしさが、さらに少女たちの踊りを輝かせています。

About Vaganova Ballet Academy
「ロシア国立ワガノワ・バレエ・
アカデミー」とは

~世界のバレエ界を語る時「ワガノワ・バレエ・
アカデミー」なしには語れない~

1738年設立。世界で活躍するトップダンサーを数多く生み出してきた277年の歴史を持つロシア最古のバレエ学校。ルジマートフ、ヴィシニョーワ、パブロワ、ニジンスキー、ヌレエフなど現役のスターから伝説のダンサーまで様々なダンサーを輩出し続けています。

このアカデミーの基本をなす「ワガノワ・メソッド」は世界のクラシック・バレエの基本教授法として位置づけられています。1992年に初来日し、6回の日本公演を行っています。これまでTBS、NHKなどで取り上げられ、「ワガノワ・メソッド」のDVDが新書館より発売されています。

また、毎年全国各地で行われている「ワガノワ・バレエ・アカデミー教師による特別レッスン」「留学生オーディション」も今年20回目を迎え、今や"ワガノワ"の名は広く知られています。

Story of “The Nutcracker”
「くるみ割り人形」ストーリー
~世界中で大人から子どもまで愛されるストーリー、チャイコフスキーの美しい音楽と共に~

クリスマスの夜、パーティーに次々と客がやってくる。
そこで、ドロッセルマイヤーは人形劇を始める。
マーシャ(クララ)は、くるみ割り人形をプレゼントされる。

招待客が帰った後、マーシャはくるみ割り人形を抱いて眠る。
12時の鐘。
大広間のクリスマス・ツリーにねずみたちが集まり、マーシャをおびえさせる。
くるみ割り人形はおもちゃの兵隊を率いてねずみたちと戦う。
ねずみたちがいなくなると、ドロッセルマイヤーは少女マーシャとくるみ割り人形をプリンセス・マーシャと王子に変身させる。

2人は雪の精に見守られながら、夢の国へと向かい・・・
各国の踊りや有名な花のワルツに彩られた少女マーシャの成長物語。

Schedule of VAGANOVA BALLET ACADEMY “THE NUTCRACKER”
ワガノワ・バレエ・アカデミー「くるみ割り人形」全三幕 全国スケジュール
日程 会場 音楽 開演時間 お問合せ先
1月16日 (土) 神奈川県民ホール 14:00 神奈川芸術協会
045-453-5080
1月17日 (日) パトリア日田 19:00 日田市民文化会館「パトリア日田」
0973-25-5000
1月19日 (火) 長崎ブリックホール 19:00 KTN事業部
095-827-3400
(平日9:30~17:30)
1月20日 (水) アクロス福岡 18:30 ヨランダオフィスチケットセンター
0570-033-337 (チケットセンター)
1月22日 (金) Bunkamuraオーチャードホール オーケストラ付き 19:00 チケットスペース
03-3234-9999
1月23日 (土) Bunkamuraオーチャードホール オーケストラ付き 14:00
1月24日 (日) 栃木県総合文化センター 15:00 栃木県総合文化センター プレイガイド
028-643-1013
(10:00~19:00)
1月26日 (火) ハーモニーホールふくい オーケストラ付き 19:00 ハーモニーホールふくい チケットセンター
0776-38-8282
1月28日 (木) 愛知県芸術劇場 19:00 中京テレビ事業
052-957-3333
1月30日 (土) ロームシアター京都 オーケストラ付き 17:00 ロームシアター京都 開設準備室
075-746-3355
1月31日 (日) 兵庫県立芸術文化センター オーケストラ付き 16:00 芸術文化センターチケットオフィス
0798-68-0255
(10:00-17:00 月曜休 / ※祝日の場合翌日)
指揮者:ワレリー・オフシャニコフ
Conductor: Valery Ovsyanikov
指揮者:ワレリー・オフシャニコフ

マリインスキー劇場客演指揮者

マリインスキー劇場にて、数多くのオペラやバレエを指揮。ワガノワ・バレエ・アカデミーのくるみ割り人形も数多く指揮している。その他ロシア国内のみならず、海外でも活躍。

日本でもこれまでに多くのオーケストラを指揮。ここ最近(日本)では世界バレエフェスティバル、東京バレエ団などでも指揮している。

http://www.mariinsky.ru/en/company/conductors/ovsianokov/

Introduction of orchestra
オーケストラ紹介
history of ballet and waganova ballet academy
バレエの歴史とワガノワ・バレエ・アカデミー

タチアナ・ゴロヴィナ(ワガノワ・バレエ・アカデミー副校長)

◆「バレエ」とは◆

踊りと音楽によってドラマを語る芸術がバレエです。バレエは「イタリアに生まれ、フランスで育ち、ロシアで成人した」といわれるように、国を超え、さまざまな振付家、ダンサー、作曲家のもとで発展を続け、今日に至っています。
舞台芸術は古代ギリシャ、ローマから始まります。当時作られた手の動き「マイム」は、現代まで伝わるバレエの動きに数多く残っています。
バレエはルネサンス期のイタリアにおける貴族の宴での踊りから始まり、フランスに渡り、ルイ14世治下で発展し、ロシアのプティパのもとでクラシック・バレエとして完成しました。

「バレエ」の語源(フランス語のBallet、ラテン語のBallo "踊る")は、16世紀のフランスで生まれたものです。

「冬の宮殿」内に作られたロシア最初のバレエ学校

「冬の宮殿」内に作られたロシア最初のバレエ学校

「パ・ド・カトル」 有名なロマンティック・バレエの作品

◆イタリアでのバレエの誕生からフランスでのバレエの確立◆

ルネサンス期のイタリアでは、富裕な貴族がしばしば豪勢な宴を催していました。そこで貴族たち自身によって披露された踊りがバレエの原型です。その後メディチ家の娘とフランス王との結婚を契機に、バレエはフランス宮廷へ持ち込まれました。フランス宮廷ではこの初期のバレエが盛んに行われ、ルイ14世の時代には、ルイ14世自身がダンサーとしてバレエを楽しんだほどでした。これにより、今現在の基本が出来上がったといわれています。
その後貴族一般の娯楽から徐々に専門的要素が強くなり、1661年に王立音楽アカデミーが創られ、1713年にはオペラ座バレエ学校も設立されました。19世紀にはバレエが大いに発展し、技術の進歩とともに、ポアント(つま先で立つこと)の技術も発展しました。この19世紀には、ロマン主義的バレエという意味の“ロマンティック・バレエ”が発展しました。特徴としては超自然的な存在である妖精や魔女などがよく登場すること、異国の物語を扱っていることでした。
これらのロマンティック・バレエは、すべてパリ・オペラ座を中心として発展し、代表作である「ラ・シルフィード」「ジゼル」「パキータ」などは今日でもよく上演されます。

その後ロマンティック・バレエはロマン主義の衰退とともにパリでは影をひそめますが、ロシアへ渡ったことで、独自の発展を遂げることになります。

◆ロシア・バレエの誕生とその歴史◆

17世紀にロシアは経済的、政治的、文化的に発展を遂げ、西洋の国々もロシアと関係を持つことを望んでいました。ロシアにとってヨーロッパのバレエ公演の豪華さはとても魅力的でした。1673年、アレクセイ皇帝(ピョートル大帝の父)がバレエに大きな興味を示し、ヨーロッパのバレエを真似て、ロシア最初のバレエ公演は上演されたといわれています。
そして、サンクトペテルブルクという偉大な都市を作り上げたピョートル大帝は、ロシアにヨーロッパ文化を迎えるための手段の一つとして、バレエに大変興味を持ち、当時まだ独立した芸術ではなかったバレエを、大きな存在として確立することを考えました。

1734年、サンクトペテルブルクに、貴族のための初等学校のバレエ教師として、ジャン=バティスト・ランデがフランスより招待されました。彼は舞踊の教え方がとても上手く、数年間踊りを学んだ少年たちは、プロに近い踊りの技術を身につけていきました。

ジャン=バティスト・ランデ

イワン・ヴァーリベリヒ

◆舞踊学校の誕生◆

1737年、ランデは女帝アンナ・イワーノワに対して、舞踊学校設立の嘆願書を出し、1738年に許可が下り、ロシア最初のバレエ学校が設立されました。(現在のワガノワ・バレエ・アカデミー)
ロシアの子どもたちは外国人教師の元、異国のステップを踏み始めました。1793年にバレエ学校に新しい教育プログラムが導入され、バレエ学校は舞台芸術学校と改名されました。(帝室バレエ学校)
19世紀初め頃までにイタリアとフランスの踊りを融合しながら、ロシア・バレエは徐々に形成されていきます。イタリアの技巧性、ジャンプ、回転、アクロバットの技を取り入れ、また、フランスの滑らかな動きやバチュ(足を打つの意)とピルエットを取り入れました。基本的に外国人教師が指導をしていましたが、ロシア人教師として初めて、イワン・ヴァーリベリヒ(1766-1819)が教師となり、優れたバレリーナを育てました。中でもエフゲーニヤ・コロソワ(1780-1869)は、幅広いレパートリー(オペラとドラマ)を持ち、バレエだけではなく、ロシアの民族舞踊を素晴らしく踊ったことで知られています。クラシック様式を基本とする気高い演技は「コロソワ演技」と呼ばれるほど好評でした。
またヴァーリベリヒは多くの振付も行い、作品も創りました。彼の創作の中には愛国主義をテーマにしたバレエが多く、例えば1812年にナポレオンとの戦争時代のバレエ「祖国に対する愛情」という作品を発表し、センセーションを巻き起こしました。

◆19世紀、可能性の時代 シャルル・ディドロ◆

1801年、バレエ学校は新しい教師を迎えました。シャルル・ディドロ(1766-1837)はストックホルム生まれのフランス人でした。ロシアに来て10年間バレエを教えるとともに、ギリシャ神話をテーマにしたバレエを振付けました。音楽とバレエ振付は一体となり、踊りは重要な表現手段となりました。彼の功績は今日のペテルブルク派といわれる舞踊スタイルの基礎を築いたことです。
教え子の中ではアフドーチャ・イストーミナ(1799-1848)が最も有名で、イストーミナのテクニックは完璧な上に、優雅な動きと自然な体の動き、感情に富んだ高い表現力を持っていました。ロシアの優れた詩人プーシキンは「エフゲニー・オネ―ギン」にイストーミナの名前を登場させるほどでした。このように、イストーミナは「ロマンチシズムの精神に満ちたバレエを舞台に披露する最初のロシア人のバレリーナである」といわれ、彼女の芸術は高く評価されました。

シャルル・ディドロ

◆プティパの時代◆

19世紀前半はロマンティック・バレエ(ジゼル、シルフィード)の時代でしたが、19世紀後半は「プティパの時代」と言っても過言ではありません。マリウス・プティパ(1819-1910)は、生まれはフランス、精神はロシア人とよく言われていました。ロシア・バレエ芸術の栄光はプティパの名前と結ばれています。この偉大なるバレエ・マスター、プティパは46本のオリジナル・バレエを創作し、さらにそれまでに創られた作品を改定し、甦らせました。
この偉大なプティパが振付け、バレエ音楽の最も優れた作曲家の一人とされるピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)により作曲された「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」は昔からロシアの3大バレエと呼ばれ、現在でも世界中の舞台を飾っています。プティパはいわゆるクラシック(アカデミック)バレエの基礎を作ることに大きく貢献しました。ソリストはもちろんのことですが、コール・ド・バレエを重視しました。プティパのバレエでのコール・ド・バレエは、並び方の美しさ、ポーズの多様性や動きの同時性によって観客を驚嘆させました。
プティパと協力し、振付をしたのはレフ・イワノフ(1834-1901)です。イワノフの最大の功績は、ロシア・バレエのシンフォニズム化に大きな役割を果たし、クラシック・バレエの表現力を高めたことです。いつもプティパの影に隠れて、なかなか彼の力は認められませんでしたが、亡くなってから再評価されました。特に「くるみ割り人形」の雪の精の素晴らしさは彼の才能を表しています。
さらに、ロシア・バレエ・アカデミズムの発展に独特な役割を果たしたのはクリスチアン・イオガンソン(1817-1903)です。スウェーデン出身でしたが、長年ロシアに住み、ロシアの生徒にバレエを教えていく中で、ロシアの芸術家としてロシア・バレエ教育のシステムを深く研究しました。また彼は独自にバレエの教授法を確立し、生徒の個性を開かせ、生まれつきの才能を伸ばし、花咲かせるということに貢献しました。
プティパの時代はロシア・バレエがとても豊かな時期でした。

マリウス・プティパ

ピョートル・チャイコフスキー

◆イタリア踊り手の影響◆

その時期、イタリアの技巧的バレエ・ダンサーが次々とサンクトペテルブルクを訪れ、ロシアの踊り方と根本的に違うバレエを披露していきました。この現象はロシア・バレエの発展に重要な刺激を与えました。なぜなら、ロシアのダンサーたちが外国のダンサーに影響を受け、さらなる技術を向上させていったからです。
イタリアの技巧性とロシア・バレエとの架け橋になったのはエンリコ・チェケッティ(1850-1928)でした。チェケッティはダンサーとしてロシアに招待され、その後19世紀末~20世紀初期の教師として多大な力を持っていました。ニコライ・レガットは以下のように書いたことがあります。
「チェケッティは偉大なるダンサーだった。我々の踊りにこんなに大きな刺激を与えてくれたイタリア人にどうお返ししたらいいのだろうか?」
レガットもバレエ学校、バレエ教育の発展に重要な役割を果たしています。デビュー作は「人形の精」でした。
「人形の精」の役を最初に踊ったのはオリガ・プレオブラジェーンスカヤ(1872-1962)です。チェケッティにバレエを学び、大きな成功を収めました。素晴らしいバレリーナというだけではなく、女優の才能もありました。彼女の演技は生き生きしたもので、他と比較できない輝くものでした。90歳という長い人生の最後までバレエを教え、彼女の弟子は今でも世界中のバレエ舞台を飾っています。
プレオブラジェーンスカヤの次のクラスの卒業生はマチルダ・クシェシーンスカヤ(1872-1971)でした。ロシア・バレエの歴史で初めて32回のフェッテをやりとげたことで有名です。とても幅広いレパートリーを持ったクシェシーンスカヤは、ロシアの踊り手として初めてプリマ・バレリーナの称号を受けました。革命後にフランスに亡命し、西洋バレエの発展にも大きく貢献しました。

エンリコ・チェケッティ

オリガ・プレオブラジェーンスカヤ

マチルダ・クシェシーンスカヤ

◆20世紀初頭:ロシア・バレエの改革◆

フォーキン

ロシア・バレエを語るとき、ミハイル・フォーキン(1880-1924)なしでは語れません。フォーキンは優れた教師、プティパ、イワノフ、レガット、イオガンソン、チェケッティにバレエを習い、在学中から多くの才能を発揮しました。有名なダンサーでもあり、またバレエの振付家として歴史に名を残しています。
フォーキンにとってバレエは単なる舞踊ではなく、人間の情熱の深さを考えさせる芸術でした。「バレエのフォームにおける真の基礎は自然な動きにある」という信念のもと、ロシア・バレエの改革ともいえる教育を実践し、学校にも大きな功績を残しました。
同時代の作曲家や画家たちとの共同で多くのバレエを振付(「瀕死の白鳥」、「ぺトリューシカ」、「火の鳥」、「シェヘラザード」など)、セルゲイ・ディアギレフと共にパリでの「バレエ・リュス」の公演を行い、フォーキンの才能は開花しました。フォーキン振付のバレエの成功は、若い天才バレリーナやダンサー(ニジンスキー、カルサヴィナ、パブロワ)たちによって、より大きな成功を収めました。

ミハイル・フォーキン

アンナ・パブロワとヴァーツラフ・ニジンスキー

パブロワ

アンナ・パブロワ(1881-1931)はバレリーナとしての成功の理由について聞かれたときに、以下のように答えています。
「作曲家が音楽で伝えようとしたこと、画家が筆で描くこと、俳優が言葉で伝えることを私は体と心で伝えようとしている。私の踊りは人生そのものである。踊り手が表現できない感情はありません。」
パブロワはマリインスキー劇場で踊った後、外国公演をスタートさせました。世界中を回り、年間200回踊ることもあり、ロシア・バレエの象徴的な存在となりました。

ニジンスキー

ヴァーツラフ・ニジンスキー(1890-1950)は偉大なる踊り手、アーティストでした。彼はまるで空中に浮かぶようなジャンプ力や舞台で役として生きる才能を持っていました。優れたテクニックと素晴らしい表現力とマイムを利用してニジンスキーは男性舞踊を復活させました。ニジンスキーの芸術の最頂点は「ペトリューシカ」と「バラの精」でした。

カルサヴィナ

タマーラ・カルサヴィナ(1885-1978)の才能は幼い頃から開花しました。彼女の踊りは特に柔らかくて、表現力と女性らしさによって観客を魅了し、観客に忘れがたい印象を与えました。革命を機にイギリスに亡命し、ロンドンで活躍し、バレエの教授法を教え、同国におけるバレエの発展に貢献しました。また、彼女が中心ダンサーとして活躍した「バレエ・リュス」のパリ公演の成功は、ロシア・バレエの権威を高めました。

バランシン

1921年にサンクトペテルブルクのバレエ学校を卒業したゲオルギー・バランチヴァーゼはアメリカにロシア・バレエの伝統を伝えました。ジョージ・バランシン(1904-1983)の名前で偉大なるバレエ・マスターになった彼は、ニューヨークのバレエ学校とバレエ団の指導者として歴史に名を残しました。

タマーラ・カルサヴィナ

アグリッピナ・ワガノワ

そしてワガノワ

1917年、革命後の困難な時代(国内戦争、経済崩壊、飢餓、大勢のバレエ・ダンサーや教師のヨーロッパ亡命)の出来事はバレエ学校に深刻な影響を与えましたが、幸いにも学校の存続そのものを揺るがすことはありませんでした。ソ連時代のバレエ学校(当時レニングラードバレエ専門学校)の発展に大きな役割を果たしたのは、アグリッピナ・ワガノワ(1879-1951)でした。

彼女は1916年にバレリーナとしてのキャリアを終えた後、1922年からバレエ学校で教師として活躍しました。先駆者の経験を土台とし、自身のバレリーナとしての経験や研究を加えた結果、クラシック・バレエの教育原則をシステム化し、「クラシック・バレエの基礎」(1934年)を出版しました。そして1920年から1951年までの間に、マリーナ・セミョーノワ、ガリーナ・ウラーノワ、タチアーナ・ヴェチェースロワ、フェーヤ・バラービナ、ナタリア・ドゥジンスカヤ、オリガ・イオルダン、アラ・シェーレストという20世紀のスターたちを育てたのです。

1957年、学校は彼女の功績を称え、その名を学校の名称に掲げました。その後、このバレエ学校がワガノワの名前を持つようになり、その名前を受けたメソッドは世界中のバレエ教育の基礎となりました。

この伝統が、そのまま偉大なる振付家ワシリー・ワイノーネン、ロスチスラフ・ザハーロフ、レオニード・ヤコブソン、ユーリー・グリゴロヴィッチといった卒業生にも受け継がれていきました。また、ワガノワと肩を並べて男性クラスを教えたのは優れた教師、ヴラジーミル・ポノマリョーフでした。彼の指導の元、学校を卒業したのはプリミエ・ダンサー、アレクセイ・エルモラーエフ、コンスタンチン・セルゲーエフ、ワフタング・チャブキアーニ、ニコライ・ズブコフスキー、セミョン・カプランでした。

戦後、多くの天才バレリーナやダンサーが育っていきました。ワガノワ自身の弟子、オリガ・モイセーエワ、ニネリ・クロガプキナ、イリーナ・ゲンスレル、アラ・オシペンコ、イリーナ・コルパコーワ、ボリス・ブレグワゼなどです。1950~70年代には世界的なスターになったルドルフ・ヌレエフ、ユーリ・ソロヴィヨフ、ナタリア・マカロワ、ミハイル・バリシニコフ、ガリーナ・メゼンツェワ、アルティナイ・アスィルムラートワ、ファルフ・ルジマートフも、このワガノワ・バレエ学校(ワガノワ・バレエ・アカデミー)を巣立っていきました。

『旧舞台芸術学校(ワガノワ・バレエ・アカデミー)の建物には創造の精神と天才の影が舞っている』
学校は踊り手だけではなく、優れたバレエ・マスター(バレエ教師)の誕生にも役割を果たしています。戦後はバレエ・マスターの協力によって、彼らの振付による“ワガノワ・バレエ・アカデミー オリジナル・バレエ”も上演されています。

現在のワガノワ・バレエ・アカデミー(ロッシ通り)

バレエ学校の生徒にとって、プロの踊り手と共に、舞台で踊ることは必要不可欠なことです。マリインスキー劇場は長年に渡り、築き上げられた伝統を守り、学校のパートナーになっています。毎年マリインスキー劇場で行われる公演に子役で参加するのはバレエ教育プロセスの一環です。また毎年、年末年始の「くるみ割り人形」公演の出演は恒例となっています。またマリインスキー劇場のバレエ団員の95%はワガノワ卒業生であるということ、これは、学校とバレエ団の共存は比類のなき共存としてマリインスキーの素晴らしいコール・ド・バレエを生み出しました。

近年学校を卒業し、21世紀のスターとして世界的に輝いているのは、ウリアーナ・ロパートキナ、ディアナ・ヴィシニョーワ、エフゲーニヤ・オブラツォーワ、ヴィクトリア・テリョーシキナ、アリーナ・ソーモワ、アンドリアン・ファジェーエフ、イリヤ・クズネツォフ、ミハイル・ロブーヒン、ウラジーミル・シクリャローフなどです。
1991年に学校は現在のアカデミーという名前を受けて大学のステータスを持つようになりました。ワガノワ・バレエ・アカデミーはロシア連邦大統領直々にロシアの文化遺産として登録されています。

人間の歴史と共に生きるバレエは長い道を歩んできました。人間に喜びを与え、人間に踊りに挑戦する可能性を与えてくれます。芸術は時が経っても国境を越え、世界に羽ばたいていくでしょう。