仕事の先輩、そして人生の先輩は違います!
G.Wから突然、暑くなりましたが皆さまいかがお過ごしですか?
アルス東京は部屋の2面がガラス貼りなので、お昼休みから戻ると暑くてたまらなくなっています。
温室状態なのです~。
常々、ここで野菜とか育ててみると良いだろうなーと思っています・・・
さて、私は先日、アルス東京と長くお付き合いいただいていた営業先の方(以後Kさんとさせていただきます)が定年退職されるということで、その退職祝いの会に参加してまいりました。
その会には、Kさんの他に同世代の方が3名とKさんと一緒に仕事をしてきたメンバーが集まりました。
会は盛り上がり、思い出話や現状についての話、今後の展望についての話など本当に色々な話をしました。(私は、まだまだ未熟者なのでほとんど聞くだけでしたが・・・)
その中で、とても私の心に残った言葉がありました。
その一言目。
「コンサートの座席に座る一人一人の想いがあるんだよ」
「イベント屋は、その日は会館の館長にならないといけないんだよ」
この言葉を聞いた時、本当に恥ずかしながら、私は頭をガン!と殴られたかのようにショックでした。
わかっていたはずですが、そこまで真剣にこういった気持ちが自分の中にあったかというと・・・どうなのだろう?と思いました。私が日ごろ思っている「コンサートを聞いて帰られるお客様の笑顔を観る時が一番幸せ」というのとは、また違う意味合いがあるような気がしました。
何ヶ月も前からチケットを買い、その時間を大切に思われている方たちの想いに責任を持たなければいけない、ということです。
大切な方と一緒に過ごす方、何かの記念の方、辛い気持を助けるために来場される方・・・
埋まった客席の数だけ、想いがある
その想いの重さを感じることを、今後は絶対忘れないようにしよう!と思ったのでした。
そして、もう一言。
これはKさんが、最後の締めのご挨拶で言われたことです。
「辞めるにあたって他からも声がかかったけれど、自分はこの仕事をするならこの場所でだけだと思っていたから、他に行く気は頭からなかった」
Kさんは、傍から見てみても「仕事大好き」な方です。
その方からのこの言葉・・・、私はウルッと涙が出そうになりました。
(でも、涙する雰囲気ではなかったのでこらえました!)
私の世代というのは、いわゆる「就職氷河期時代」のどん底で、大学卒業時にはとにかく就職して、その後キャリアアップのために転職していく、という人が多い世代です。
現に私の周りにもそういう人がたくさんいます。
転職する方には色々な理由や目標があるとは思いますが、「自分のため」という方も多いのではないでしょうか?
私自身は、まだまだ「キャリアアップのための転職」なんて寝言でも言えませんが・・・そんな私でも、入った時は「音楽を通して人の心に豊かさを与えることが出来て、そのことで少しでも社会が豊かになるといいな」と思い、この仕事に就きましたが会社に入ってからは毎日がとにかく精一杯、少しでも自分が成長することに必死でした(その入った時の想いは、必ず今でも胸の奥にあり、だからこそ日々頑張れるのですが)。
成長することで会社を支えていきたい、という気持ちはあっても、その状態の私の中心はやはり「自分」です。必死な日々は、私にとって、自分と向き合う闘いの日々であり、そうならざるをえませんでした(私の場合だけでしょうか?他を見る余裕がありません)。
Kさんの言葉は、そんな私、そして私の周りの環境からは異次元的な世界の言葉でした・・・。
気持ちはとてもわかりますし、もちろん納得ですが、これまでこの仕事一筋で必死でやって来た方から、出るこの言葉には、意味合い以上の色々な重み、そしてすがすがしさがありました。
私のように日々の一秒一秒を必死で生きている人間には、とても到達出来ないところでした。
それでも、なんと言うか・・・「ビジネス」という枠外の仕事に対する精神的な部分での想いを感じ、包容力のようなもの、愛情を感じました。
ただそれは、今の私には「漠然」としか感じることが出来ず、それでもそれは素敵なもののように思えました。漠然と感じたものをもう少し形にして本当の意味で触れることが出来るようになれば「自分」と「仕事」というものの関係に空気が通るような気がします。
でも、もしかすると、私は今は自分と闘う時期なのかもしれないな、という気もしつつ・・・いつか「あー、Kさんの言っていたことに触れた気がする!」と思える日が来るといいなと思いつつ・・・これからも日々を過ごしていこうと思います。
長くなってしまいましたが、私にとってKさんの退職祝いの会は意味のある時間でした。
やはり、仕事、そして人生の先輩の目に見えているものは違いますね。

